【資料】言葉遣い
“子供に話を聞いてもらうのに……”という文章。
“聞いてもらう”のでなく、“聞かせる”である。この頃、親が「うちの子に××してあげたいと思っています」と丁寧語を使ったり、狂ってしまっている
【資料】
- (誤)部長が課長に「社長が○○君の手紙を拝見されていたよ」
(正)部長が課長に「社長が○○君の手紙をご覧になっていたよ」- (誤)課長が部長に「社長がすぐ来るように言っていました」
(正)課長が部長に「社長がすぐ来るようにおっしゃっていました」- (誤)部長が課長に「社長が申されたようにしましょう」
(正)部長が課長に「社長が言われたようにしよう」- (誤)部長が課長に「社長が、元気か、と伺っておられたよ」
(正)部長が課長に「社長が、元気か、と聞いておられたよ」- (誤)課長が部長に「社長が、事務所に参りました」
(正)課長が部長に「社長が、事務所に来られました」
【資料】礼儀の基本は相手の立場に立つこと。相手に失礼になるかならないかがモノサシ。また、聞いている相手の心地良さによる
礼儀心得の基本は、相手や周囲の人たちに不愉快な気持ちを持たせないように常に自己の言動を考えることである。
こう言ったら相手は不快にならないだろうか。
今黙っていると相手はどう思うだろうか。
常に相手のことを第一に考え自己の言動を反省することである。
【資料】
礼儀の基本は、碁や将棋の定石のようなものだから、是非一応は心得ておかなければならないが、相手は千変万化するから、いつでも基本どおりにやれば相手を不愉快にしないというものではない。
相手に応じてその都度、変化対応せねばならぬのが礼儀である。
そのためには、常に相手の気持ちを正確に察知しようと心掛けることが礼儀の大切な心得である。
【資料】にこやかな笑顔と、明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはない
ジョン・ワナメーカー氏は、デパート王といわれる。
店員募集の広告を見て、一人の青年がやってきた。
みずから面接したワナメーカーの質問に彼は、
「イエス、ノー」
と、適切に即答して少しの誤りもなかった。
体格も立派だし、学力も十分。
同席者は採用を確信して疑わなかった。
ところがどうしてか、不合格になったのだ。
「たいそう、よい青年のようでしたが、どこかお気に召さないところがありましたか」
側近の不審にワナメーカーは、こう言っている。
「あの青年は、私の質問に、『イエス、ノー』と、ぶっきらぼうに言うばかりで『イエス・サー、ノー・サー』(敬称)と、丁寧な物言いをしなかった。
あんなふうではきっと、お客に親切を欠くことがあるにちがいない。
親切第一がモットーの私の店には、雇うわけにはゆかないのだよ」
たったの一言が、いかに大切か。
「社長が愉快げに"おはよう"とあいさつされると、一週間は楽しく働ける」
こう言って、ワナメーカー氏の店員たちは、喜々として働き、店は栄えに栄えたという。
なにが社会奉仕といっても、にこやかな笑顔と明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはない。
彼は街頭をゆく楽隊のように、四方に光明をバラまく。
笑顔とあいさつを出し惜しむ者ほどの、ドケチはないといってよかろう。
ちょっと目もとの筋肉を動かし、わずか一言、二言を話すだけで、人に幸福を与えることができるのに、それすらもケチるからである。
シドニー・スミスは、おもしろいことを言っている。
「少なくとも1日に1人を喜ばせよ。10年すれば、3650人を喜ばせることになる。
一町村あげて喜ばせる、寄付金を出したのと同様だ」
まさに釈尊の"和顔愛語"の布施行である。
チャーリー432さん
音楽鑑賞記録や読書メモ、あるいは感想文などを徒然なるままに綴っています。
よろしくお願いいたします。(^o^)ノ
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